出版

漫画村と同じ! 赤本マンガ出版社の事件「サザエさん編」

マンガを違法にアップロードしていた

漫画村が摘発されました。

ジャンプやマガジンを買わなくても、

誰でも無料で読むことができてしまっていたのです。

出版社の損害額は、流通額ベースで3,200億円とも

試算されています。





違法アップロードは、漫画村がつぶれたとしても、

いたちごっこが続くでしょう。

出版社は、違法アップロードがある前提で

商売を考えなくてはなりません。

現代では漫画村ですが、戦後の赤本時代には、

もっとあからさまな事件がありました。

竹内オサムの「戦後マンガ50年史」に記載があります。

ターゲットになったのは「サザエさん」です。

アニメで人気のサザエさんも、新聞連載からはじまりました。

終戦後すぐの1946年4月に「夕刊フクニチ」、

1949年12月からは「朝日新聞」の夕刊で連載です。

単行本の1巻は、1947年1月に姉妹社(長谷川町子さんの出版社)から

出版されました。

事件は1949年です。

「サザエさん」人気につけこんだ「にわか」な出版社が、

1、2巻を写真に撮って印刷し、本にしてしまったのです!

紙は赤本漫画につかう仙花紙。

25,000部を刷ったといいますから、相当な部数です。

この悪事は著者らの知ることとなり、

1950年に長谷川町子さんは、「にわか」出版社を

著作権侵害と版権侵害で訴えました。

当時は、このようなことが比較的、ひんぱんにあったといいます。

40万部売れたといわれる手塚治虫さんの「新宝島」も、

出版元の「育英出版」と書いてあっても、

どこか別の会社が印刷して流通させたものもあった、

という話もききます。

現代では漫画村どころではなく、AIが漫画を描けるようになっています。

人気キャラクターを勝手に使った作品がうみだされるかもしれません。

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