トキワ荘の漫画家

赤塚不二夫の「七福人プロダクション」とは

赤塚不二夫さんといえば、プロダクションシステムを採用して、名作ギャクを生み出しました。

1965年に設立したフジオ・プロダクションが有名です。

このフジオ・プロに先立ち、「七福人プロダクション」を設立していたのです。





トキワ荘関連の書籍を多く読んでいましたが、七福人(“神”ではなく“人”であってます)プロは聞いたことがありませんでした。

メンバーは7名です。

赤塚不二夫、赤塚登茂子(奥さん)、高井研一郎、よこたとくお、横山孝雄、長谷邦夫、山内ジョージです。

山内ジョージさんの著書「トキワ荘 最後の住人の記録」(東京書籍)に当時のことが詳しく書かれています。

七福人プロの場所は、西神田のモルタル二階建てのおんぼろビルでした。

この「おんぼろ」さが、七福人プロが一年で解散した理由のひとつだったといいます。

ナンキンタムシが大量発生して刺されてしまうことと、寝るスペースがなく徹夜がしにくかったというのです。

七福人プロが活動していた1963年に連載していた作品は、有名作も多いです。

「おそ松くん」
「ひみつのアッコちゃん」
「オーちゃんと11人のなかま」
「ジンクスくん」
「おた助くん」
「アイ・アム・ア・トランジスターボーイ」
「サーカス☆ジン太」
「まかせて長太」

一年間でこれだけの作品を作り上げるには、プロダクション制が必要だったのもうなずけます。

そして七福人プロが、フジオ・プロの設立につながっていくのです。

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