トキワ荘の漫画家

サンデーとマガジンの創刊はいつ?創刊号と現在の部数についても

日本で初めての“週刊”少年漫画雑誌は、サンデーとマガジンです。

ジャンプの発売は、サンデーとマガジンの約10年後です。

出版不況が20年以上続く中、両誌の創刊や現在については、いまもよく語られます。

創刊はいつだったのか? 同時の部数はどれぐらいだったのか? そして現在は?

上原龍一が追っていきます!





サンデーとマガジンは同じ日に創刊しました

小学館の「週刊少年サンデー」と、講談社の「週刊少年マガジン」は同日に創刊しました

1959年(昭和34)3月17日、火曜日です。

現在、両誌の発売日は水曜日ですが、当初は火曜日でした。

書籍や雑誌は発売日とは別に、発行日があります。

創刊号のサンデーの発行日は4月5日、マガジンは3月26日です。

発売日は同じなのに、発行日は異なるのです。

この理由は、両者の腹の探り合いです。

マガジン側が、サンデーより一日も早く発売したいと画策し、サンデーもマガジンより遅い発売日にはできない、と攻防があったのです。

サンデーは当初、5月に発売の予定でした。

それを知ったマガジン側が発売日を繰り上げてきたのです。

値段も同様です。

両誌はともに、大日本印刷での印刷でした。

同じ印刷会社を使っているので情報はある程度、筒抜けだったのでしょう。

マガジンは40円だったのに対し、サンデーはマガジンの決定を知り、30円の定価にしたのです。

サンデーとマガジンの創刊時と現在の部数

創刊号の発行部数は、サンデーが30万部、マガジンが20.5万部と、サンデーの圧勝でした。

同日に発売した両誌ですが、サンデーの方が創刊に向けてはやくに動き出していました。

つまり、人気のある作家を揃えることができたことにより、部数の差が出たのです。

サンデーの創刊号の連載漫画ラインナップ

サンデーの創刊号は、手塚治虫さんを起用できたことが大きなトピックでした。

手塚治虫「スリル博士」

寺田ヒロオ「スポーツマン金太郎」

益子かつみ「南蛮小天狗」

藤子不二雄「海の王子」

横山隆一「宇宙少年トンダー」

現在はあまりなじみがありませんが、寺田ヒロオさんも「トキワ荘」の作家の兄貴分で、当時は藤子不二雄さんや石ノ森章太郎さん、赤塚不二雄さんより一歩抜きんでた人気漫画家でした。

表紙は長嶋茂雄さんでした。

マガジンの創刊号の連載漫画ラインナップ

マガジンはサンデーに出遅れたので、企画で勝負をしました。

豪華な懸賞プレゼントや別冊付録の漫画を3冊付けたのです。

忍一兵「左近右近」

高野よしてる「13号発進せよ」

山田えいじ「疾風十字星」

伊藤章夫「もん吉くん」

遠藤政治「冒険船長」

表紙は後の横綱の朝汐太郎でした。(マガジンの創刊時は大関)

ちなみに、藤子不二雄さんはサンデーに連載を依頼された直後、マガジンからも依頼がきました。

週刊誌で2本の連載は無理なので、断ったのです。

石ノ森章太郎さんもマガジンに声をかけられました。

そこで創刊号に合わせて原稿を持っていきましたが、採用されなかったのです。

部数の推移

創刊合以降は、両誌で抜きつ抜かれつの部数競争をしました。

1970年頃にマガジンが100万部を超え、サンデーは80万部前後と後塵を拝していました。

マガジンは1991年に250万部、1998年に445万部と同誌の最高部数を記録しました。

2000年代に入ると400万部を割り、2010年には150万部、現在は71万部です。

サンデーは1983年に最高部数の228万部を記録しました。

2000年には150万部、2010年には68万部まで落ち込み、現在は27万部とかなり厳しい状況です。

ちなみに、ジャンプは1995年にギネス記録の653万部を記録し、現在は169万部です。

スマホ全盛の現在、漫画雑誌がこれから伸びていくことはなかなか考えられませんが、サンデーが休刊にならないことを祈るばかりです。

まとめ

・サンデーとマガジンの創刊日は、両社にらみ合いで同日に

・創刊号の部数は、サンデーが10万部の差をつけて軍配を上げる

・現在の部数はサンデーが27万部と厳しい状況。マガジンは71万部