トキワ荘の漫画家

手塚治虫のすごさと人柄がわかるエピソード

漫画の神様と言われる手塚治虫さん。

「ジャングル大帝」や「ブラック・ジャック」「鉄腕アトム」などの代表作があります。

生涯で15万枚ともいわれる制作量に加え、日本初の毎週放送するテレビアニメを作成しました。

圧倒的な仕事をこなしていた手塚治虫さんのすごさがわかる、エピソード話を紹介します。





原稿を書いた場所

仕事の依頼は、断わることがなかったといいます。

連載が一本であろうと十本あろうと仕事の時間は変わらない、と考えていたのです。

あまりにも仕事が多すぎて、海外出張の直前まで書いていたエピソードがあります。

飛行機が出発するぎりぎりまで、移動する車の中、空港に着いてからも原稿を描いていました。

出発時間になっても終わらず、ゲートを通過しても描き続けて、編集者に渡したというのです

それでも終わらず、飛行機の出発を遅らせてしまったことも

海外に行っても原稿を描いていたこともありました。

ある出版社の編集者などは、海外まで一緒に行ったこともあります。

当時の飛行機代は、いまとは比較にならないぐらい高いです。

わざわざついて行って、しかも原稿を最後までもらうことができなかったというのです。

編集者にしてみたら、雑誌に穴があいてしまうから、大迷惑でしょう。

手塚治虫亡きあと、長男の手塚眞さんは当時の手塚番(編集者)に会うことがありました。

「(手塚版の)みなさん、迷惑をかけられたにもかかわらず当時を懐かしむのですが、原稿を取るための日々を思い出して、泣きながら怒り出すこともあるです笑」

石ノ森正太郎さんの結婚式

「おそ虫」「うそ虫」と編集者からは言われていました。

とにかく忙しすぎて原稿を締切までに描けない、というのもありますが、

漫画以外でも遅刻エピソードがあります。

いちばん有名なのは、石ノ森章太郎さんの結婚式に、

仲人なのに行かなかったことです。

結局、結婚式は延期になり、二度目はちゃんと仲人をつとめたのですが、

一般の人には考えられないエピソードです。

テレビでもあります。

生放送に遅刻ならまだしも、

スタジオに行けずにすっぽかしてしまったこともあります。

車でのエピソード

手塚治虫は運転手を雇っていました。

車での異動のときのこと。

時間に間に合わない手塚治虫は、イライラします。

高速道路が渋滞していて、自分を降ろすように言ったのです。

そして高速の出入口から一般道に降りて、タクシーに乗ったというのです。

結局、到着地に先についたのは、運転手の車だったのです笑

まとめ

手塚治虫のエピソードは、いろいろなところで語られています。

みな真剣に対峙していますので、その時の怒りの感情は相当だったでしょう。

原稿がもらえず、「神様」を殴ってしまった編集者もいたほどです。

それでも手塚治虫が亡くなるまで第一線でいられたのは、素晴らしい人柄にあります。

手塚治虫は自らの非を認め、満面の笑みで

「ごめんごめん」

「つぎからは遅れないようにします」

と、20代の編集者にも頭を下げるのです。

仕事では天才で神様ですが、とても人間的な面があり、

みな手塚治虫のファンになってしまうのです。





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