トキワ荘の漫画家

手塚治虫が医者ではなく漫画家の道を選んだ理由

手塚治虫さんが医師免許を持っていることは有名です。

大阪帝国大学付属医学専門部を卒業しました。

医専は、戦争で医者不足だったので、即席で医者を養成するための学校です。

医専に在学中にすでに、手塚治虫は漫画家として活躍していました。

医者になるか漫画になるか。

二人の人物からの影響をうけています。





母のことば

手塚治虫さんは在学中に、お母さんに相談します。

医者になるか、漫画家になるか。

お母さんから、質問がかえってきます。

「あなたは、どっちが好きなの?」

そして手塚治虫さんが「漫画」と答えると、

「好きな方の道を行きなさい」と

お母さんは言ったのです。

医者という安定した職業を進めず、漫画家という職業が認知されていない時代の話です。

医専の教授からのことば

「手塚治虫物語」に描かれています。

著者は、手塚治虫さんのアシスタントだった伴俊男さんです。

医専の時代、病院ではたらいている時に漫画を描いているのを教授に見つかってしまいます。

そこで教授が言った言葉が、手塚治虫さんの人生に大きな影響をあたえました。

「君は医者になるより漫画家になりたまえ

君が医者になるとろくな事にならんだろう

世のため人のためだ

医者というのは君の考える様な小さな事ではないのだ

今の時代 戦争で親を失くした孤児達が大勢いる

特に君の様に 子供にものを描いているのなら…

戦災孤児達をはげまし精神的な糧となるものを

描く事は広い意味で医療となるのではないのかね

君にしかできない事だ」

医者が病気を治すために必要なのは薬や手術だけではない。

漫画や笑い、娯楽などで精神的に満たされることによっても、患者は救える。

ということを教授が言ったのです。

まとめ

手塚治虫さんの博士論文のタイトルは「異型精子細胞における膜構造の電子顕微鏡的研究」です。

タニシの精子の研究です。

手塚治虫さんが臨床医ではなく、研究者になったらどういった人生だったのか。

それを考えるのも楽しいです。

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